"高知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1982年朝日新聞入社。千葉支局、韓国特派員を経て、現在朝日新聞中国特派員。韓国語の学習のため朝日新聞社員になってから延世大学に留学している。妻は、韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会の常任理事、粱順任の娘。粱順任は日本政府に対してアジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件を起こし、また、日本政府からの補償金に絡む詐欺事件で容疑をかけられている[1]。"
"1991年から翌年にかけて「従軍慰安婦」問題の連載キャンペーンを展開。吉田清治著の『私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録』にある「昭和18年(1943年)に軍の命令で韓国の済州島で女性を強制連行して慰安婦にした」という体験談を、4回にわたり報道した。この「体験談」は拓殖大学教授(当時)秦郁彦の調査により嘘であることが判明し[179]、吉田清治本人も一部がフィクションであることを認め[180]、朝日新聞も「確認できない」という事実上の訂正記事を出した[181]。また、1991年8月11日付の朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊として戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が名乗り出た」と報じた(記者は植村隆)。この朝鮮人慰安婦の「女子挺身隊として戦場に連行され」たという話にも、「当時、女子挺身隊という制度自体が無いばかりか彼女は親により公娼として売られたことを語っており、全くの捏造である」との反対意見が出された[182]。"
"正常化交渉の当時に想定していなかった問題が後になって出てきた。元慰安婦はその典型的な例だ。"
" 今夜も戦いで眠れない夜になりそうだ。漢民族の学生は最強だ! 制服を着て、チベット人をぶちのめせ。そして単位を稼ごう!"